ヤギの旅、そして人生

39歳無職が旅と人生のモロモロについて書いてます。NZ人と国際同棲中。

Facebookでうんざりする投稿

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ついつい暇つぶし的に見てしまうFacebook

「いいね!」してしまうのは、ほんとうに大好きな友達のおめでたい話とか

応援している人の広告くらいなものです。

あとはくだらなすぎて面白い動画をシェアしたりとか。

 

だいたい8割はジャンクですね。

その中でも一押しのジャンクが

スピリチュアル系と人生語る系

まあ、どれも趣味なんでしょうから別に語ってもいいんですが

こう言った投稿を目にすると

「またかよ(~_~;)」

と思ってしまいます。

 

特に人生語る系ですが、

彼らのすごいのは、人生を語るためのネタはなんでもいいところです。

例えば「雑草」。その力強さを人生に例えてみたりします。

また人との些細な会話の中に

「人間としてどうあるべきか」

「他人との付き合い方」

「人生の目的」

などの深ーいところまで見出しちゃったりもします。

 

そしてFBに書くのは

「他人は自分の鏡。云々・・・」

のようなすでになんども語られている内容だったりして。

 

そもそも人生論で語られる内容って、ほとんどの人が薄々気づいていることが多くないですか?

その中でも「ハッ!!」と目からウロコが落ちるないような内容って、それを深く研究している人の言葉だったり、人生で色々経験しすぎてもう突き抜けちゃった人の言葉だったりすると思うんですよ。

Facebookで出会うのはなかなか難しいですねー。

 

そしてそういう人生論語ってるやつのコメントは共感ばっかり。

「いや、それ違くね?」って言ってる人はあまりみたことがありません。

 

これ顕著なのは

ネットワーキングビジネスやってる人の投稿。

私は全く興味ないのでやってませんが。

 

たまたま見かけた投稿で何百件というコメントがついてたので

ちょっと開いてみたら

「感動しました〜(涙)」「素晴らしいです!」「〇〇さんに出会えて感謝です」

みたいなコメントばっかり。

恐怖すら感じました。

そしてそんなの読んでる暇な自分にもうんざり(^^;;

 

昔「Noと言えない日本人」て本があったけど、

無言で同調を求める圧力がFBの「自分語り・人生論語り」にはあるのではないか

と感じます。

 

人生語ってないで、もっとふざけようYO

can't take life too seriously